男の号泣

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「男の号泣」

三谷幸喜の新作歌舞伎「月光露針路日本 風雲児たち歌舞伎座(東京・東銀座)において、
庄蔵というちょっと斜に構えた男を演じていた市川猿之助澤瀉屋、おもだかや)。

イルクーツクまでやって来た大黒屋光太夫松本幸四郎高麗屋)の一行でしたが、
庄蔵は足の怪我が悪化し、切断することになります。

ところがロシア側の役人が密かに庄蔵に、
「オマエ達にはお金が凄くかかっているのだ。
 手術の費用までは出せない。
 ロシア正教に改宗して、日本語教師としてロシアに残るのならば費用を出す」
と、持ちかけて来ます。

もう何年もロシアを出られずにいるため、
庄蔵はそれを承諾し改宗してしまいました。

イルクーツクにいた大黒屋光太夫一行でしたが、
(日本史で有名な)キリル・ラックスマンの仲介もあり、
時の女帝エカテリーナ二世に謁見する事が出来るようになり、
太夫だけがラックスマンと一緒にサンクトペテルブルグに行きます。

太夫エカテリーナ二世と謁見しても帰国は実現できないだろうと庄蔵は読んでいたのですが。

ところが予想外に帰国が許可されます。

「どうして改宗なんかしたんだ!!」と詰め寄る光太夫

ロシア側から脅されていた事実をその時初めて知ります。

しかし改宗した以上、もう日本に連れ帰る訳には行きません。

太夫と庄蔵の別れの時が来ます。

それまでずっと斜に構えていた庄蔵でしたが。

突如。

太夫の足にすがりつき「オレも一緒に日本に連れて帰ってくれーーーーーーーっ!!」と号泣します。

今や片足で満足に歩けなくなった庄蔵。

自分の意志に反して改宗してしまった庄蔵。

それでも実は人一倍日本へ帰りたがっていた男。

それを振り切って去って行く光太夫松本幸四郎高麗屋

私はそれまで、先代の市川猿之助(現・猿翁)の大ファンだったので、
当代の市川猿之助にはちょっと疑問符がついておりました。

澤瀉屋の持ち味であるケレンは果たしてどうなのかな等と。

いやはや。

とんでもない演技力の持ち主でした。

今思い出しても胸が熱くなります。

歌舞伎では時折、男が号泣するシーンがあります。

こういう場面は男が見るとちょっと耐えられないものがあります。

幼い頃から男は「男のクセに泣くなんて」と言って育てられますから、
泣くことは許されないのです。

しかし今回の狂言では澤瀉屋が一気に大爆発、大号泣して来たのであります。

凄まじい名演技でありました。

素晴らしい役者であります、四代目市川猿之助澤瀉屋

終わり



余談:忘却

大黒屋光太夫の一行にはちょっとヌケた男がいます。

ロシア滞在が長期になったある日、故郷の話になります。

「伊勢は・・・」と言われた時、
そのヌケた男は「オレ、そこに行ったことない」と言い切ります。

もうなかなか思い出せなくなっている故郷。

忘却。

これもまた人間の悲しい一面でありますが、
意外にも適応して行くための知恵なのかな?とも思った次第です。