阪神・淡路大震災

昨夜、テレビを点けたら1995年1月17日に起こった阪神・淡路大震災の特集をやっていた。

私はあの時も横浜市に暮らしていたが、
今でもよく覚えている。

明け方、かなり嫌な揺れで目が覚めたのを。

震度そのものは大きくなかったが、
ゆ~らりゆ~らりと言ったらいいのだろうか。

おそらくどこかで巨大地震が起こっている?と思っていた。

テレビを見たら関西で大地震があったと知って大変驚いた。

そして続くニュース番組では、クリアな動画記録手段を使用した報道としては、
初めて体験した都市型大震災の恐ろしさをカラー映像で知らせてくれた。

昨夜の番組においては、1995年当時の映像記録手段がアナログ、
つまりフィルム映像であったのを改めて強烈に教えてくれた。

まだデジタルカメラは無かった時代だったのである。

誰でも簡単に手軽に動画を撮影できる時代ではなかった。

かなり高価なフィルムビデオ時代だったのである。

そこで有志が集まって当時のフィルム映像を持っている人達から、
フィルムを集めて動画を公開する作業を進めていると言う。

個人が撮影した動画の一部を番組でも放映してくれたが、
公的なプロが地震後しばらくして現地に行って撮影した映像とはまるで違っていた。

その場で悲惨な現場に対応しながらも撮影している人達が感じている緊迫感がモロに伝わっていた。

今の感覚だと、スマホで現地から動画をSNSにアップするのと似ている。

大都市の市街地が震度7に襲われた場合。

当ブログでは長距離歩行の時は、
登山靴よりはスニーカーの方が良いと書いている。

だが、都市型大地震の現場にいる映像を見る限りにおいては、
場所によってスニーカーではかなり危険なのが嫌と言うほど理解できた。

散乱する瓦礫の恐ろしさ。

迫って来る火災の恐ろしさ。

改めて考える必要があると思った次第。

終わり