古典と伝統文化を『楽しめる層』は限られている

「古典と伝統文化を『楽しめる層』は限られている」

小津安二郎監督の映画作品を鑑賞していると、
1950年頃の日本の中流の上もしくは上流の下くらいの層の家庭が対象になっているのが分かる。

主人公の家庭は良い会社の重役、医師、作家、学者などのケースが多い。

お金には困っていない。

この層で暮らす人達には顕著な特徴があるように小津映画では描かれている。

それを小津は極めて上手く演出してくる。

古典と伝統文化を実に的確に使用している。

茶道、歌舞伎、能、クラシック音楽、美術館、博物館を巧みに使う。

この世界を本気で楽しめるのかどうか。

それこそが鍵になっているように感じている。

映画の所々にそういうシーンがさり気なく出て来るのである。

実のところ、こういった古典や伝統文化を「本心から楽しむ」のは非常に難しい。

以前にも記事にした事があるが。

日本での農村体験を外国人にさせる活動をしていた人が、
若いカナダ人女性を呼んで生活させた。

最後に感想を書かせてそれが本になったのだが、
実に興味深い記述があった。

ある日、その若いカナダ人女性は、
近所で暮らす非常に裕福な家庭の奥さんにお呼ばれしたそうだ。

リビングには非常に高価なオーディオセットとモーツァルト全集があったので、
モーツァルトがお好きなんですか?私も好きなんです。何かかけてくれませんか?」
と言ったところ、驚くべき事にそのご婦人はオーディオ操作が出来なければ、
全集の内容も全く分かっていなかった事実を知って、そのカナダ人女性は愕然となったと言う。

少なくともカナダにはこの種の人は存在していない、と。

軽蔑に値すると、はっきりと書いていた。

この感覚、日本人であるのなら意外にもすんなりと理解してしまうのではなかろうか?

お金はあるけど「感性がない人」達のやっている事として。

私自身は、当ブログではその種の世界をやたらと書いているが、
決して上層に属しているからではなく、
下層ながらもそういう志向が著しく強い親の影響を受けているからだと自覚している。

いずれにせよ、この種の世界を本心から楽しむためには、
幼少の頃からの感性の訓練が必須だ。

例えばクラシック音楽

音楽の世界は特に顕著だ。

実際、最新の心理学上の大規模な調査では、
「人の好む音楽とは20歳頃に聴いていたものを生涯好むようになっていて変わらない」
と言う恐ろしい結果が出ている。

そしてこの調査結果は私自身や周囲の人達を眺めていると極めて正確であると言わざるを得ない。

つまり中高年になって突然裕福になったからと言って、
何となく高級そうに思えるクラシックコンサートに行ったとしても、
心から楽しむのは不可能なのだ。

まあ、音楽の世界は最も敷居の高さが高い世界なので、
逆に最も敷居が低い美術の世界ならば割と簡単に楽しめるかも知れないが。

註:美術の世界は音楽ほど敷居が高くない。
  音楽の世界ではクラシックしか聴かない人はざらにいるが、
  美術の世界では印象派しか観ない人など皆無と言っていい。

能、歌舞伎、文楽などの古典芸能に至っては、
元々関心のある人ではないと、迂闊に鑑賞したら逆に大変な苦痛をもたらしてしまうだろう。(苦笑)

昔の古いタイプの日本人(特に男)は、
「一所懸命働いて、楽しみは定年になってからいくらでも出来る」
と主張する人が多かった。

だが、それは無理なのだ。

旅行1つとってみても、
全く普段から旅行していない人は、
海外はおろか国内にも関心をもたないまま時は流れしまう。

身体の節々が痛くなってくる高年になってから旅行???

先ず無理だろう。

普段から親しんでいない限り、
突然新しい事を始めるのは大変な労力と、
下手をすると苦痛が伴うのである。

お金に余裕が出来たら歌舞伎鑑賞???

あるいはクラシック音楽のコンサート???

居眠りするのが落ちであろう。(苦笑)

小津監督が描いている世界と言うのは。

現代日本の首都圏に暮らす人達であっても、
そう簡単には入手できない世界なのだと思い知る必要があるのだ。

終わり



余談:

何年か前に読んだ小説では都心の代々続く良家について、
三井記念美術館を上手く利用していた。

日本橋三越前にあるこのマイナーな美術館。

知らない人がほとんどだと思う。

毎年「三井家のお雛様」と言う展示会をやる。

小説では「田舎から慶應の女性」と「都心で代々のお嬢様慶應」が対比して語られている。

田舎から慶應女子は、
「何でこんな世界を知っているの?三井家のお雛様って何?毎年来ていると言うの?」
と大変な驚きを隠さない。

しかし都心お嬢様にとっては当たり前の、
むしろ退屈ですらある毎年のイベントなのである。

ちなみに三井記念美術館の客層は展示会の質によっては実に面白い。

えええ~こんな格好で来る層の人達がいるんだ、と驚くだろう。

茶道系、能系の展示会で特に顕著に客層が違ってくる。

ちなみに。

三井記念美術館を上流層だけのものだと思ったら大間違いである。

もちろんとんでもない和服を着て国宝を鑑賞している「層」もいるが、
何と。

三井記念美術館は『ぐるっとパス』対象施設」なのである。

従って、ぐるっとパスさえ持っていれば無料で入場できる。

従って、私は常に無料で入場している。(笑)

そしてそういう人は非常に多い。(笑)

今の首都圏は「ぐるっとパス」と「感性」さえ持っていれば、
小津映画の世界は異常な安価で楽しめるのである。