星を見る趣味(系外銀河編) “We are all in the gutter, but some of us are looking at the stars.”

自動車に天体望遠鏡とアウトドアグッズを積み込む。

高速道路に乗り、都会の光害から逃れるため、遠くの山の上を目指す。

スポーツカーやオートバイはどんどんと私のミニバンを追い越して行く。

精密機器を満載した自動車は慎重に高速道路を進む。

愛機を積んでいるため決して荒い運転など出来やしない。

目的のインターチェンジで降り、自動車は曲がりくねった山道へと入って行く。

観光帰りの人達が大勢山から下りてくるが、
私は逆に人のいなくなった山の上を目指している。

人が少なければ少ないほど、そして暗ければ暗いほど良い場所へと向かっている。

季節外れの夕方。

山頂の駐車場に人はいない。

私は良さそうな場所に陣取り準備を始める。

天体望遠鏡を組み立ててから一息つく。

山の夕暮れ。

ブルーからオレンジ、赤、紫、そして黒の世界へ。

星が1つ、また1つと姿を現し、急速にその数は増えて行く。

そしてまた、真っ赤な太陽が山の向こうに沈むと急速に冷えてくる。

それは暴力的と言ってもいい。

私は耐寒ジャケットを着込み、牙を剥いて来る“自然”に対抗する。

EPIガスコンロを取り出し、湯を沸かしコーヒーを淹れる。

椅子に腰かけながら、ゆったりと流れる時に身を任せ、
コーヒーを飲みながら夜空を眺めて見る。

派手な天の川は無く、地味な星座ばかりの季節外れ。

しかし。

この時、私達は遠く遠く、遥かな遠くに淡く輝く銀河系外銀河を多く見ることが出来る。

天体望遠鏡を向けて観察しても、それはボンヤリとした淡い塊にしか見えない。

カメラを装着して、長時間露出した時、初めて姿を現す厄介な存在だ。

それは数億光年以上離れた場所にある別の銀河の輝きだ。

遠い昔、人類が出現する以前、恐竜時代の光を今見ていることになる。

人間の人生なんて80年生きられれば長い方だ。

私達人類の存在は何と儚くも小さなものなのだ、と思い知らされる。

We are all in the gutter, but some of us are looking at the stars.

私達は皆、ドブの中にいる。けれども、星を見上げているヤツもいるのだ、と言う名言もある。

愚かなこと、腹の立つことばかりの嫌な世の中であると思う。

けれども、こうして星を見上げ、その美を享受できる感性を持てるのは幸せなのかな、とも思う。

誰もいない山の中で、天体望遠鏡は数億年前の淡い光を捉え、それを自分と繋げてくれる。

この絶対的な孤独感を私は非常に好んでいる。

これが星を見る趣味なんだ、と思う・・・・・

終わり