超マニアックでややこしい歌舞伎と文楽の話

「超マニアックでややこしい歌舞伎と文楽の話」

歌舞伎の演目に三大狂言と呼ばれるものがあります。

狂言とは歌舞伎用語の場合、能・狂言狂言ではなく、
単にお芝居、歌舞伎と言った意味で、現代でも普通に使われている点に先ずはご注意を。

何故そう言うのかについても諸説がありますが、
ここでは簡単にそのうちの1つの説に触れるだけにとどめておきます。

歌舞伎は現代でこそ天皇陛下もご覧になるほどの伝統芸能ですが、
実は江戸時代は歌舞伎の芝居小屋は二大悪所と呼ばれるほど、
幕府から睨まれている場所だったのです。

ちなみにもう1つは遊郭です。

歌舞伎も遊郭も取り締まろうにも人々の熱狂が凄過ぎて手に負えないからだったと言われています。

案外知られていませんが、歌舞伎役者は結構殺されたり流罪になったりしています。

そこで歌舞伎関係者はお上が恐いので、新しい芝居をやった時は、
後から文句をつけられてもいいように芝居のことを「これは狂言です」、
つまり冗談ですと言う意味で言っていたのが定着した、と言う説があるのです。

さて、三大狂言とは「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」、
仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」、
そして「義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)」です。

この3つの演目は異常に長いストーリーです。

従って、いっぺんに上演されるのは稀です。

それでも数年に1回くらいは昼の部と夜の部を全て使って演じられたり、
あるいは数ヶ月かけて演じられたりもします。

このように長い話を一気に上演するスタイルを「通し狂言(とおしきょうげん)」と呼びます。

反対に長い話から一部分を切り取って上演したり、
短い舞踊やちょっとした話なども織り交ぜて、
良いとこ取りをして興行するスタイルもあります。

この興行形態を「見取り(みどり)」もしくは「見取り狂言(みどりきょうげん)」と言います。

見取りの「取」は「ど」と濁って発音される点にご注意を。

現在の多くの歌舞伎興行はこの「見取り」が多いです。

初めて歌舞伎を観る時は、やはり良いとこ取りスタイルの「見取り」がよろしいかと。

見取り狂言は、大抵の場合、
歌舞伎の三大演目である時代物(江戸時代以前の話、隈取りをするいわゆる歌舞伎)、
舞踊(いわゆる踊り)、
世話物(せわもの。江戸時代の庶民の話。人情話が多い)
で構成されるため、
非常に分かり易いし飽きない設定になっています。

さて、歌舞伎に似ているけど人形が演じるもので文楽人形浄瑠璃)があります。

実は歌舞伎の作品には、文楽からそっくり取って真似したものが数多くあります。

このように文楽をそっくり真似した歌舞伎を「丸本物(まるほんもの)」と呼びます。

ちなみに上記の三大狂言は全て丸本物です。

また丸本物は文楽と同様に義太夫と三味線がつきますから、
義太夫狂言(ぎだゆうきょうげん)」と言われる場合もあります。

文楽と歌舞伎は切っても切れない関係にあるのが分かるかと思います。

文楽は大坂(現在の大阪)で発展し、歌舞伎は江戸で発展しました。

どのような違いがあるのか、チェックしてみましょう。

超人気演目「義経千本桜」の中の「川連法眼館の段」を挙げてみます。

ちなみに川連法眼館(かわつらほうげんやかた)は、
河連法眼館と書く場合もありますが読み方は同じです。

また、「段」を「場」と言う場合もありますがこれも同じ意味です。

さらにこの段は非常に有名なため、
四段目の切にあることから「四の切(しのきり)」と呼ばれます。

「四ノ切」と書く場合もあります。

「切(きり)」とは最後の部分や最大の見せ場を意味しますので、
他の演劇にも四段目の切はあるのですが、
歌舞伎の場合、何故か「四の切」と言えば、
必ず「川連法眼館の段」を意味するようになっています。

この段はそれだけで上演される場合が非常に多いです。
(通し狂言ではなく、見取り狂言で上演されるケースが多い)

最後の最後の場面では宙乗りをするケースも多いです。

歌舞伎で宙乗りをする場合、
特に川連法眼館の段では素晴らしく感動的に演じられます。 

物語の後半、主人公は狐忠信という、
狐が義経の家臣である佐藤忠信に化けた者です。

義経の愛人、静御前が鼓を打つと何故か突然家臣の忠信が姿を現します。

そのうちにおかしいと気付くのですが、
本物の忠信が現れたからさあ大変、どちらが本物なのか?

大騒ぎになります。

すると狐は言います。

その鼓は私の父と母の皮が使われているので、
懐かしくて恋しくて仕方ないから現れたのです、と。

義経静御前も狐の健気な気持ちに心を打たれ、
鼓を狐に与えることにします。

大喜びする狐。

そして突如敵が義経を討つためにやって来ます。

恩返しをします、と言って狐は妖術を駆使しながら敵を一掃し、
最後は宙高く、天に昇って行き、ストーリーは終わります。

私が初めて観たのは今から25年以上昔の歌舞伎座で、
先代市川猿之助(現・猿翁)の全盛時代でした。

猿之助歌舞伎の真髄を観たっ!!と大感動しました。

ちなみにその時は通し狂言で、朝から晩まで歌舞伎座にいて観劇してました。

その後、見取り狂言で観た時も先代市川猿之助(現・猿翁)で、
その時は「葛籠抜け(つづらぬけ)」と言う非常に特殊な宙乗りを観ることが出来ました。

狐忠信が本来なら最後の場面で花道七三と呼ばれる場所から宙に上がって行くのですが、
狐忠信がいないのです。

その代わり大きな箱(葛籠)が置いてあります。

その箱がするすると空中に上がって行くのです。

初めてこの演出を観た歌舞伎座の客全員はポカ~ン状態でした。

もちろん私も含めて。

一体これは何事???と思っていたら葛籠の中から声が聞こえます。

「葛籠に乗ったらおかしいか~?」と。

すると次の瞬間。

これ、本当に瞬間なのですが、
突如、猿之助が葛籠の中から登場していきなり大見得を切っているのであります。

歌舞伎座内、大歓声。

この段には他にも早替わりや瞬間移動など見所満載です。

こういうスピーディーで派手な技を歌舞伎の世界では「ケレン」と言います。

ケレンの妙味、ケレン味、などと表現されます。

ちなみに文楽でも宙乗りがあります。

動画を見つけたので以下に貼っておきます。

文楽義経千本桜」川連法眼館の段↓
https://youtu.be/xenEWEqv64k

実は「義経千本桜」では桜は基本的には登場しません。

ところが文楽では最後の宙乗りの場面で見事に登場し、
こじんまりとした文楽の舞台ならではの素晴らしい演出を仕掛けて来ます。

あ~千本桜だ~♪♪、と。
 
また、古い歌舞伎の動画も見つけたのでリンクを貼っておきます。

この動画では特に宙乗りはしていませんが、
昔の歌舞伎の感じが良く分かるかと思います。

↓歌舞伎「義経千本桜」川連法眼館の段↓
https://youtu.be/YNpqxJyJDgE

そして先代市川猿之助(現・猿翁)のフルバージョンも見つけました。

アムステルダム公演のものみたいです。

以下にリンクを貼っておきます。

↓歌舞伎「義経千本桜」フル、澤瀉屋
https://youtu.be/MY900v0lJtU

前述した歌舞伎のスピーディーで派手な演出であるケレン。

これは伝統的に澤瀉屋(おもだかや。市川猿之助を中心とした屋号)が得意とする分野です。

私は昔から澤瀉屋が大好きで、もう少し詳しく言うと、
先代の市川猿之助(現・猿翁)が一番好きでしたが、
復活できないでいるのは残念な事であります。

それにしてもつくづく思うのであります。

歴史・伝統のある趣味の世界は、
複雑だな、と。(笑)

(^0^;v

終わり

余談:

歌舞伎「義経千本桜」の二段目「伏見稲荷(鳥居前)」の最後では、
狐忠信が花道からの引っ込みにおいて《狐六方》を魅せます。

狐であるのを表す面白い仕草を見せながら不思議な余韻を残して通し狂言は進んで行きます。

また「義経千本桜」では泣かされる場面もてんこ盛りであります。

幼い安徳帝が侍女と共に海に身投げする直前に歌を詠むのですが。

「いまぞ知る みもすそ川の 流れには 浪のそこにも 都ありとは」

子供を殺すなーーーっと、つい叫びたくなります。

ギリギリで死なないのですが。(笑)

あるいは碇知盛と呼ばれるシーンでは、
もう自分の役目は終わったと悟った男が、
碇を綱で身体に巻き付けて海に身投げする壮絶なシーンもあります。

絶望と安堵を表現しながら自殺する男を演じる歌舞伎役者。

間近で見ていると鬼気迫るものがあります。