寄席の独特の感覚について
寄席へ入るという行為。
現在では東京でもそうは簡単に体験できない。
常設の寄席は現在は4軒しかない。
他にも寄席と名の付く場所はあるが、
必ずしも落語を楽しめる日とは限らないから要注意だ。
さて、寄席に行くのは、
私的には小さい頃は親父に連れられて行っていた記憶はあるが、
大人になってからはほぼ皆無。
今年になって留学から戻った我が娘が実はさり気なくとんでもない落語ファンだと今更ながら知り、
それではとつい最近になってから通い始めた経緯がある。
寄席の雰囲気って独特のものがあると思う。
それぞれに特徴はあるが、共通しているのは、
先ずは、ほとんどの人が和やかで何やら楽しそうにしているのがある。
そりゃそうであろう。
これからお笑いを聴こうという者が深刻な顔していたら逆に変だ。(笑)
ただし、落語フリークみたいな人もいる。
しかしこの落語フリークみたいな人は、
中には深刻そうな顔をしている人もいるにはいるが、
特定の落語家のファンだった場合、
その落語家が登場すると過剰に笑うところが面白い。(笑)
この感覚は映画館とも全然違うし、
まして歌舞伎座ともまるで違う。
カッコをつけない・・・・・
いや、そうとも言えない。
見栄をはらない???
う~ん・・・ちょっと表現が難しい。
そうそう。
強いて言えば、決して見栄をはったりカッコもつけないが、
江戸の伝統と江戸っ子の粋。
これを大切にしているようにも思える。
江戸っ子にとっては最大の侮辱言葉である「野暮」。
この感覚を非常に嫌っているのだけは間違いない。
まあ、いずれにしても。
なんかこう寄席って・・・・・
何とも言えない良い雰囲気だと思う。
この感覚だけは当然ながら体験してみなけりゃ分からない。(笑)
良いもんでござんす。
(^W^;v