幽霊について:「うらめしや~、冥途のみやげ展」東京藝術大学大学美術館(上野)
「うらめしや~、冥途のみやげ展」を上野の東京藝術大学大学美術館で鑑賞して来ました。
色々と思うところがあったので記事にしてみたいと思います。
今回の主旨は幽霊についてです。
この展示会の最初に飾られているのは怪談噺で江戸末期から明治初期に超有名だった三遊亭圓朝(写真の肖像画を参照)についての資料でした。
圓朝は幽霊画の収集家としても有名だったそうです。
そのコレクションも展示されていました。
考えてみると、私は子供の頃、大人は余程の臆病者ではない限り、
幽霊など信じない存在だと思っていました。
ましてや外国人の大人は絶対に信じてなどいない、と。
とんでもない間違いでした。
「大人になっても幽霊はメチャクチャ恐い」
相当豪胆な者でない限り、これは紛れもない事実でしょう。
実際に、昔々、イギリス人の非常に理知的な女性と付き合っていた友人が夏のある日、
「耳なし芳一」の話を拙い英語で始めたらしいのです。
最初は「子供っぽいから止めなさい!!」と毅然と主張していたそのイギリス人女性。
さらに続けると「イギリスではそんなものを信じている大人などいない!!」と。
しかし止めなかった友人。
「芳一~芳一と~叫ぶ亡霊。ぉおお~こんなところに耳が浮かんでいるわい」と。
すると、そのイギリス人女性。
黙ってしまい、ずっと下を向いていたらしいのです。
「どうしたの?」と声を掛けたら。
恐ろしい形相で怒り出し、大粒の涙をボロボロこぼしながら、
「恐いよーーーーーーー恐いよーーーーーーーー!!」と号泣したそうです。(爆)
そんな話を思い出しながら上記の展示会を鑑賞したのですが、
そこでつくづく思ったのであります。
「日本の怪談は非常に恐い」と。
圓朝が作った「牡丹燈籠」など、よくよく考えたら非常に恐いと思うのです。
から~んころ~ん、などと言う効果音!!
怪談の結論も憑かれて殺されたり、耳をもがれたりとか悲惨なのばかり・・・・・
鳴り響く琵琶の音とか・・・・・
第一会場での仕掛けは絶妙です。
薄暗い展示会場内に多く飾られている幽霊画。
さらにご丁寧に蚊帳まで吊られています。
この演出はさすがに藝大ならでは凝りようです。(苦笑)
小さな子供は泣き出すかも知れません。
伝円山応挙の作品も数点ありました。
「いわゆる日本の幽霊画」の祖とされているものです。
応挙の描く幽霊は恐いと言うより美を感じてしまいます。
反面、別の画家で枕元にスーーーっと佇んでいる幽霊画などゾクっとしてしまいます。
先日も記事にしましたが、最近のテレビの幽霊番組は動画を中心にしています。
スマホ時代になっているため、誰でも簡単に動画撮影を至る所でしています。
従って「写ってしまうケース」も以前とは比較にならないくらい多くなっています。
それらの動画は非常にリアルで、私達が想像する最も嫌な形で幽霊が登場しています。
しかし、リアルが故にどこか映画を見ているようになってしまい、
全てがインチキに思えてしまうのです。
これに対して展示会に飾ってある幽霊画や資料は、
遠い昔から私達の祖先が感じていた恐怖の源泉なのであります。
何を私達は真に恐いと思っているのか???
おどろおどろしい格好をした幽霊が動画に写っていたら確かに恐いです。
しかし、そこにはストーリー性が欠如しています。
耳なし芳一、牡丹燈籠、番町皿屋敷、四谷怪談等々。
これらの話には何とも言えない人間の凄まじい怨念を感じます。
死んでも死にきれない強烈な怨念です。
こういう思いを前にした時、私達は恐怖を感じるのだと思うのです。
私達日本人が太古の昔から感じていた恐怖の集大成がこの展示会にはある、と思ったのであります。
三遊亭圓朝の落語(怪談噺)を頂点に。
終わり
色々と思うところがあったので記事にしてみたいと思います。
今回の主旨は幽霊についてです。
この展示会の最初に飾られているのは怪談噺で江戸末期から明治初期に超有名だった三遊亭圓朝(写真の肖像画を参照)についての資料でした。
圓朝は幽霊画の収集家としても有名だったそうです。
そのコレクションも展示されていました。
考えてみると、私は子供の頃、大人は余程の臆病者ではない限り、
幽霊など信じない存在だと思っていました。
ましてや外国人の大人は絶対に信じてなどいない、と。
とんでもない間違いでした。
「大人になっても幽霊はメチャクチャ恐い」
相当豪胆な者でない限り、これは紛れもない事実でしょう。
実際に、昔々、イギリス人の非常に理知的な女性と付き合っていた友人が夏のある日、
「耳なし芳一」の話を拙い英語で始めたらしいのです。
最初は「子供っぽいから止めなさい!!」と毅然と主張していたそのイギリス人女性。
さらに続けると「イギリスではそんなものを信じている大人などいない!!」と。
しかし止めなかった友人。
「芳一~芳一と~叫ぶ亡霊。ぉおお~こんなところに耳が浮かんでいるわい」と。
すると、そのイギリス人女性。
黙ってしまい、ずっと下を向いていたらしいのです。
「どうしたの?」と声を掛けたら。
恐ろしい形相で怒り出し、大粒の涙をボロボロこぼしながら、
「恐いよーーーーーーー恐いよーーーーーーーー!!」と号泣したそうです。(爆)
そんな話を思い出しながら上記の展示会を鑑賞したのですが、
そこでつくづく思ったのであります。
「日本の怪談は非常に恐い」と。
圓朝が作った「牡丹燈籠」など、よくよく考えたら非常に恐いと思うのです。
から~んころ~ん、などと言う効果音!!
怪談の結論も憑かれて殺されたり、耳をもがれたりとか悲惨なのばかり・・・・・
鳴り響く琵琶の音とか・・・・・
第一会場での仕掛けは絶妙です。
薄暗い展示会場内に多く飾られている幽霊画。
さらにご丁寧に蚊帳まで吊られています。
この演出はさすがに藝大ならでは凝りようです。(苦笑)
小さな子供は泣き出すかも知れません。
伝円山応挙の作品も数点ありました。
「いわゆる日本の幽霊画」の祖とされているものです。
応挙の描く幽霊は恐いと言うより美を感じてしまいます。
反面、別の画家で枕元にスーーーっと佇んでいる幽霊画などゾクっとしてしまいます。
先日も記事にしましたが、最近のテレビの幽霊番組は動画を中心にしています。
スマホ時代になっているため、誰でも簡単に動画撮影を至る所でしています。
従って「写ってしまうケース」も以前とは比較にならないくらい多くなっています。
それらの動画は非常にリアルで、私達が想像する最も嫌な形で幽霊が登場しています。
しかし、リアルが故にどこか映画を見ているようになってしまい、
全てがインチキに思えてしまうのです。
これに対して展示会に飾ってある幽霊画や資料は、
遠い昔から私達の祖先が感じていた恐怖の源泉なのであります。
何を私達は真に恐いと思っているのか???
おどろおどろしい格好をした幽霊が動画に写っていたら確かに恐いです。
しかし、そこにはストーリー性が欠如しています。
耳なし芳一、牡丹燈籠、番町皿屋敷、四谷怪談等々。
これらの話には何とも言えない人間の凄まじい怨念を感じます。
死んでも死にきれない強烈な怨念です。
こういう思いを前にした時、私達は恐怖を感じるのだと思うのです。
私達日本人が太古の昔から感じていた恐怖の集大成がこの展示会にはある、と思ったのであります。
三遊亭圓朝の落語(怪談噺)を頂点に。
終わり