少年殺人事件について

実は今、世間を騒がせている少年殺人事件。

うちからそれほど遠くはないため、かなり驚いている。

この種の事件については、当ブログでは教育問題の一環として何度も取り上げて来ているため、
その視点で再び書いてみたいと思う。

当ブログのタイトルが「中学受験とアウトドア」で教育記事を中心としていた頃には盛んに書いていたと記憶している。

今回の事件の被害者は中学1年。

私が得ている情報からだと、転校生らしい。

最近は学校に来なくなり、年上のグループと交流し、夜間も出歩くようになっていた、と。

担任の先生は毎日のように連絡していた。
ほとんど効果が無いように思えたが、
最近「そろそろ学校に行きたい」と言い出し、
小学校時代の友達には「殺されるかも知れない」と言っていた、と。

そして今回の殺人事件に至ったと推察される。

被害者の顔写真もテレビに出ているが、
その写真から判断する限り、
実はこのパターンは典型的な進行と感じている。

先ず、余りマスコミは書かないのだが、
少年院の統計では「学力と犯罪は密接な関係がある」とされている。

つまり、学業をドロップアウトした者は犯罪に手を染めやすくなる、と。

統計上、明らかに有意な相関関係が見られている。

従って、親は不登校を軽視してはならない。

最大限の注意をして復帰のための手助けをする必要がある。

不登校には様々な理由があるが、
中でも一番注意しなくてはならないのが、
学校外の者とつるんで街を徘徊するようになった場合だ。

今回は事件の話題なので、この問題に特定して話を進めて行く。

実のところ、中学生くらいから男の子と言う存在は一時的に「悪に憧れる」ようになってしまう。

何故なのか。

いくつかの理由はあるだろうが、
一言で(敢えて悪く)言えば手っ取り早く女がゲットできるからだ。

女性は心の奥底のどこかで「悪い男」が好きだと言う気持ちがある。

例えば、中学時代、不良は結構モテたりする。

しかも学年でもピカイチの美人と付き合ったりする。

こういう現実を目の当たりにすると、男はかなり悩む。

もう少し年代が進み、結婚を意識する20代になれば、
職業や学歴、年収がモノを言うのは理解出来るようになるが、
思春期を迎えた少年は、女性には決して理解出来ない、
それから先、生涯悩む事になる「強烈な性衝動」と戦う人生を送り始めているので、
上記のような、悪いヤツがモテる状況を見ると、
わざと悪く振る舞って見せるヤツが続出してしまう。

実際に、「悪」は結構早い段階で性体験を済ます。

これは周囲の男にとって強烈な印象を与えてしまう。

まさかそんな理由で?と思うかも知れないが、
上記の感覚を否定出来る「男」は非常に少ないはずだ。

さて、ここで勉強からドロップアウトしたり、
何らかの対人関係で学校に行けなくなった子は、
引きこもりにならない限りは当然外に交友関係を求める。

すると、学校を超えた世界には、
街を徘徊している年上世代(と言ってもまだまだ若い)を含んだグループが存在している。

このグループは当然学校からのドロップアウト組であり、
犯罪と極めて近い所にいる集団と言ってもいい。

と言うよりも犯罪者集団の可能性が非常に高い。

しかしながら、この種の集団は学校をドロップアウトした子にとっては非常に魅力的に見える。

何故なら、異性との交流も用意されているからだ。

街をいいカッコをして歩き回り、場合によると女の子といい関係にもなれる集団。

これは圧倒的な魅力の塊に見えてしまう。

だが、この種の集団は入り易いが出難いのが特徴だ。

そもそもそこ以外に行き場の無い連中が多いし、
やっている事は犯罪。

一旦入ったら抜けるのは非常に難しくなる。

はっきり言ってしまうと、
この種のグループに入ってしまったら、もう当人だけでの解決は全く無理だ。

もっと言うと、親も無力だ。

さらに学校も無力だ。

ここで多くの親も先生も教育関係者もマスコミですらも対応を間違えてしまう。

相手にしているのが年上とは言え、おそらくはせいぜい18~19歳くらいの少年達だから、
厄介だなとは思いながらも「少年問題」としての対応を取ってしまう。

つまり、話し合いが出来る、と思い込んでしまう。

この対応は、私の考えでは戦後民主主義教育の最も悪しき点の権化であると感じている。

もちろん、戦後民主主義は平和主義、自由主義などの素晴らしい面もあるが、
こと少年の起こす犯罪については最強最悪の考えを押しつけてくる。

それは「放置」だ。

こと、少年の起こす犯罪に限っては、究極の場面では日本は「法治国家」ではなく「放置国家」だ。

これは娘の小学生時代、学級崩壊の渦中にいた頃、
今の教育制度の根本的な欠陥と無力さに嫌悪感を抱いていた実体験に根差している。

テレビの専門家と称する者達が、ことこの種の問題について、
どれほどいい加減で無責任な言動をして来たのか、
嫌と言うほど思い知らされてきた。

最近になってようやく少年事件の被害者がどれほど悲惨な目に遭っていたのかが分かるようになり、
かなり法改正もされたが、根本的なところはほとんど変わっていない。

では、上記のような問題になった場合、
どのような方法で救わなければいけないのか???

答えはたった1つしかない。

「警察力」だ。

相手は犯罪集団なのである。

親は若い犯罪集団には無力だ。

教師も無力だ。

対抗できるのは警察だけと知っておくべきであろう。

街を徘徊している若者のグループにとっては、
ドラッグや暴行は日常茶飯事となる。

もし我が子がそのようなグループに入ってしまったら、
「ヤクザの組員になってしまった」と同じように考える必要がある。

救出が簡単に出来ると思ったら大間違いなのである。

報道によると被害者の少年は最初は弟分として可愛がられていたらしいが、
万引きを強要され、断ったら暴行が始まった、と。

マスコミに発表された写真を見る限りでは、
少年の目はとても純粋で幼い。

あくまでも私的な推察に過ぎないが、
元々はそんな「悪」ではないように感じる。

思春期独特の「悪にちょっと憧れて」、転校などのタイミングが悪く、
結果としてそのようなグループに入ってしまったのかな?と。

ただ、いずれにしても、このようなケースの場合、
最初に書いた通り、当人の力では全く抜け出すのは無理となる。

親も、教師も、教育関係者も無力だと思い知るべきだ。

何故なら相手は犯罪者集団なのである。

救出する場合は迷わず警察に事情を説明し、
警察官と共に断固たる措置で救出に向かわない限り、
解決は無理なのである。

話せば分かる、などと言う戦後民主主義のお題目を唱えている限りにおいて。

この種の事件は再び起こるのだけは間違いない。

終わり



余談:当ブログの過去記事を時折振り返って読んでみることがある。

もう教育記事の主だったものはほとんど非公開に移してしまっているが。

私も親としてかなり危ない橋を渡って来たのだなと感じている。

家庭に問題のある子は、もう小学校時代から既に、その種の集団の予備軍に真っ先に標的にされてしまう。

どのようにして切り抜けたのか・・・・・

それは当ブログの以前のタイトルである「中学受験とアウトドア」に回答はあるかと思う。

寄って来る街を徘徊するグループの誘いをどのように遮断するべきなのか。

親であるのなら。

断固として、つけいる隙を与えてはならないのである。

そして自分自身も親として子供とのコミュニケーションを一番大切にして行く。

さらに勉強と環境の提供。

これこそが最大の防衛法であるかと。