かつて、日本で戦争があった。: アニメ映画「風立ちぬ」宮崎駿監督

かつて、日本で戦争があった。: アニメ映画「風立ちぬ宮崎駿監督

昨夜テレビを点けたら偶然「あ?これもしかして『風立ちぬ』かな?」と思ったらやっぱりそうで、
そのまま最後まで再び観てしまった。

この映画の予告編の冒頭では、
「かつて、日本で戦争があった。」と表示される。

ユーミンの古い名曲と共に。

個人的にはかなりグッときてしまう。

私達日本人はこの74年もの間、軍隊と軍人を知らずに生きている。

自衛隊がいるではないか?と言う人も多いだろう。

だが憲法と言う最高法規において、
日本は軍隊を持てない。

従って自衛隊を「軍」と呼ぶのは許されない。

また自衛隊員は、実録のかつての日本軍人とは何かが決定的に違っているように思う。

ちなみに文京区の森鴎外記念館に行くと、
歩いている森鴎外の短い動画がエンドレスで流されている。

当時の皇太子殿下が外国から横浜港に戻られた時、
出迎えに来たところ偶然鴎外が写っていたもの。

この動画には戦前の軍人の姿がある。

サーベルを下げた軍人が普通に歩いている。

あるいは、京橋の国立映画アーカイブにも昔のリアルな軍人が写っている動画がやはりエンドレスで流されている。

現代日本人が見ると、その姿に何となく受け入れられない何かを感じるはずだ。

それが何なのかはともかくとして。

世界広しと言えども、その「何か」を失った軍ならぬ隊を持つ国、日本。

風立ちぬ」でも意図的に描こうとしているのを感じた。

さて、このアニメ映画は非常に有名なため、
改めて内容についての感想は書かないが、
全く別の視点で思った事を書いて行きたい。

「何か」とは何なのか?と。

映画ではゼロ戦零式艦上戦闘機)の設計者が主人公で、
何とも切ないラブロマンスが展開する。

現代に生きるほとんどの日本人は戦争について考えた時、
極端に二分化された対応をする。

・徹底的な拒絶反応

・無邪気なロマン

風立ちぬ」はそのどちらも含まれていて、
どちらもソフトな点が興味深い。

映画では盛んに「我が国は貧しい」「我が国が近代国家だって?」「無謀な戦争になる」「負ける」と言う皮肉な表現が出てくるが。
 
現代日本人が74年前の出来事を語る時、
それが後出しジャンケンであるのも忘れ、
無謀な戦争であった、国力も考えない愚か者の指導者により巻き起こされた戦争であったと断じる。

本当にそうだったのだろうか???

当時の人達は実は戦争には否定的で、
絶対に勝てない戦争だと思いながらも独裁者?に引きずられて戦争に突入したのだろうか???

後出しジャンケンの無条件降伏だけに目がいってしまい、
あの戦争の初期や、勇猛果敢に戦った軍人の話はほとんど聞かれない。

あるのは妙に美化された映画やドラマか、
妙に卑下した映画やドラマか。

そうして誰もが最終的には戦争末期の悲惨な体験ばかりを重宝し、
1940年の頃の日本については語らないし見ようともしない。

あるいは、1941~1942年頃、あの日本の戦争はどんな状況だったのか。

坂井三郎という元ゼロ戦撃墜王だった方が手記を出している。

日本ではあまり有名ではないが、
アメリカでは「大空のサムライ」と言うタイトルでかなり売れたと言う。

この本を読むと、当時の日本の軍人達がどのように考えて、
どのように戦っていたのかが非常に良く理解できる。

戦争初期において零式艦上戦闘機は無敵だった。

当時の世界のどんな戦闘機よりも強く、
アッと言う間に日本はアジアにおける欧米の植民地で勝利を収め、
駆逐してしまう。

この時、震え上がった国がある。


白人至上主義のこの小国は、
東南アジアを制圧した日本軍は必ず南アに来ると思っていたらしい。

何故なら、大戦前に日本は国際連盟で人種差別反対を表明したが、
アメリカに否決されていたから、
確実に南アは日本が支配しに来ると恐怖していたらしい。

また、日本は戦争初期にはイギリスの最新鋭艦プリンスオブウェールズをあっさりと撃沈している。

何故なのか?

実のところ、この戦争の前には軍縮が試みられていた。

ワシントン海軍軍縮条約を結び、アメリカ、イギリス、日本、フランス、イタリアの主力艦、航空母艦の制限が決められた。

この時の比率が何と5 : 5 : 3 : 1.75 : 1.75だったのである。

つまりアメリカやイギリスが「5」ならば日本は「3」である、と。

この時点で日本はフランスやイタリアを遥かに凌駕する軍事力を保有していた。

ちなみに余談だが、現代の平和憲法下で生きる私達日本人は、
北朝鮮を軍事大国と思っている人もいるかも知れないが、
核兵器が問題なだけで、実は軍事的には超弱小国家だ。

その証拠にアメリカの空母打撃群の1つが航行した時、
全く手も足も出せなかった。

だが、かつての日本は違ったのである。

5:3と言う比率はどのようなものなのか?

悪い例で恐縮だが、図体がデカい上に狂暴なセントバーナードと、
大きさはそうでもないが強いドーベルマンの戦いくらいにはなる。

つまり、実際に戦ったら分からないぞ、くらいのレベルと言っていい。

ちなみにアメリカ対北朝鮮は軍事的にはセントバーナード対チワワくらいになってしまう。

もちろん中国やロシアの介入が無い場合なのは言うまでもないが。

現代の北朝鮮とは全く異質の、
当時の世界では最強とも言える連合艦隊保有していた日本。

アメリカですら、ミッドウェー海戦では絶対に勝てるなどとは思っていなかったのだけは確かだ。


ただし、この条約(ワシントン海軍軍縮条約)にはカラクリがあり、
日本はかつての日英同盟を廃棄してしまい、
代わりに四カ国条約を締結していた。

従って、もう手を組むのはアメリカとイギリスであって、
この時点で10 : 3になってしまい、勝負はあったと言える。

しかしながらその後日本は補助艦を増やして行き、
慌てた英米ロンドン海軍軍縮条約において同様に補助艦まで制限をした経緯がある。

その後、日本は国際連盟を脱退してしまう。

こうして完成した零式艦上戦闘機は航空戦史に残る戦いを戦争初期には見せていた。

しかしながら、日本軍は階級差が非常に激しく、
実際に戦う兵の食事内容が悪く、
上官達だけは良い食事をしていて、腹が立った坂井は、
嫌な食事係を脅すため、ピストルを抜いて、近くの冷蔵庫を撃ち抜いた逸話がある。

また、不平を上官だった笹井中尉にも言ってしまい、
中尉は激怒するも、結果的に士官用の食事を坂井らにも食べさせるようにしたエピソードも残っている。

そんな坂井達ゼロ戦乗りは、戦争初期には全く負ける気がしなかったと言う。

連戦連勝。

だが、この認識は徐々に変わって行く。

初めて坂井が勝てないと思ったのは反撃に来たアメリカ軍の海を埋め尽くす艦隊を空から見た時だったと言う。

これは勝てない、と絶望したがそれでも戦い続けた。

最後は特攻隊として出撃するも機体不良のために不時着して終戦を迎えた。

戦後、彼は軍人ならではの体験をしている。

戦中のある時、撃墜したアメリカの戦闘機乗りがパラシュートで脱出し、
捕まえたことがあると戦後かなり経ってから述懐したことがある。

赤ら顔の白人の大男で随分と怯えていたが悪いヤツではないと思ったそうだ。

むしろコイツは楽しそうな人間だ、と。

チョコレートをやったら喜んでいたらしい。

だが処分に困った坂井らは部下に捕虜を託してしまう。

ちょっとしたら聞こえた銃声。

彼は射殺された。

仕方ないと言う思いと、もし戦時ではなかったら分かり合えるヤツだとも思っていたらしい。

また、戦後しばらくしてアメリカでかつてのパイロットを集めて語り合うパーティーがあり、
坂井はアメリカに行った。

この時、若いアメリカの青年が坂井に話し掛けてきた。

「私は、◯×海戦の時に貴方に撃墜されて死んだパイロットの息子です。」と。

坂井は一瞬構えたが、彼は続けて言った。

「誤解をしないで下さい。私は貴方と戦って死んだ父を誇りに思っています。
 貴方には何の恨みもありません。
 私もまた今はアメリカ軍人であります。」と。

ほぼ全ての世界中の国には軍隊があり軍人がいる。

だが日本には無いし、無いと思い込みたい人も大勢いる。

それが隊と言う存在であり、
その何かを失ったままで居続けることは、
少なくとも卑屈ではあるが平和である証なのは確かだ。

そんな事を「風立ちぬ」を観て思っていた。

終わり