山の手言葉:「ごきげんよう」

先日、仕事で昔から懇意にして頂いている某会社に行って、
そこの若社長と話していた時のこと。

私が「先代社長(若社長の父。故人)はバリバリの江戸っ子で、
こちらに伺う度に昔の東京の話が聴けてとても楽しみだったんです。」
と言ったら、東京話で盛り上がってしまった。

先代社長と私がとても仲良くなったのは、あるクイズ?がきっかけだった。

「私はね、昔、友人に『オマエはいつも江戸っ子自慢をしている。ならばこの漢字が読めるか?』と言われて読めなかったんですよ。
 それが今でも悔しくてねぇ~・・・・・
 貴方、読めますか???これ。『笄』」

私があっさり「こうがい」ですよね?と答えたら非常に驚いておられた。

「どうして読めるの?」と。

「私は西麻布の『笄小学校』の出身ですから」と答えたら、
「あ~なるほど!!」と、それからとても仲良くなってしまった経緯がある。

さて、それからうん十年が経過している今。

今の若社長の娘さんが某有名女子校へと進学した。

「いや~驚きましたよ。挨拶は必ず『ごきげんよう』でなくてはいけないんです。
 今でもあるんですねぇ~・・・・・」と。

今、この現代においても、否、格差社会が浸透しつつある現代だからこそ。

東京には目に見えない、否、深く知って行った場合、
歴然とした階級が存在している。

現在では滅多に耳にする事は叶わないが未だに「山の手言葉」を喋るご婦人はいる。

ドラえもんに出てくる「スネ夫の母」のような作られた山の手言葉ではない。

もっともっと自然で非常に上品に喋らなくてはならないのである。

この山の手言葉を女性が自然に上品に喋るためには、
確実に生まれ育ちが「そうでなくてはならない」のである。

5年や10年でどうこうなるものではない。

自然体。

これが基本かと。

つまり。

生まれついた時から東京の山の手地区の上流で育たなくてはならないのである。

行く学校は「ごきげんよう」が日常で交わされる超お嬢様校に。

男子の場合は、実社会で戦わなくてはならないため、
純粋培養は許されない。

お坊ちゃまはいるけれど、良家であればあるほど、
男子教育は結構それなりに強く仕掛けられる。

従って、間違いなくほぼ100%、この挨拶をするのは女性だ。

普通に男性が言っていたら「変」だ。(爆)

さて、この「ごきげんよう」・・・・・

この言葉を女性から言われてしまった場合。

昔から首都圏の市街地で暮している者ならば。

相当構えるはずだ。(笑)

もし、地方から都心に引っ越して来て、
10年くらいが経過していた場合、
かなり詳細な部分まで都心の事情が分かって来ていると思うが、
ごきげんよう」が使用された場面、自然体度、アクセントなどを聞き分けて、
本物かどうかを知るのまでは至難の業であるかと思う。

例えば、西麻布で生まれ育った私の場合、
意外にあっさり分かる。

何故なら当時の周囲には超お金持ちもいたけれど、
そうではない、私のような者も沢山いたからだ。(苦笑)

今はどうか知らない。(^^;

さて、子供が小学校に入学する時、
最初の大きな選別がやって来る。

良家の子女は間違いなく伝統私立校へと進学して行く。

公立の小学校にはそもそも行かない。

女子ほど特にそういう傾向が高いと感じている。

稀に絶対的な教育方針?で私の親父(南麻布生まれ)の代には子爵の娘(戦前の話。笑)とかが本村小学校にはいたらしいが。

ちなみに何度か記事にしているが、
現在の標準日本語は明治時代に東京の白金近辺で話されていた言葉を元に決められたそうだ。

地方から多くの人が流入してそれぞれのお国言葉でコミュニケーショントラブルが続発していたらしい。

それを防ぐために今の標準語が決められた、と。

まあ、いずれにしても。

ごきげんよう

この挨拶をして来た場合、相手がどのタイプであれ。

クセモノには間違いない。(爆)

それでは皆様、ごきげんよう~♪♪

(^W^;



余談:古くから東京の山の手に暮らしている者には特徴があると私は感じている。

「自然体」かどうか。

例えば、いきなりお金持ちになって超都心の南麻布やら白金に暮らし始めたとする。

綺麗な服と宝石に身を固めて「ごきげんよう」などと言っていたら。

少なくとも、古い東京人は陰で腹を抱えて笑っている。

「一生懸命、雑誌とかで研究したんだろうね♪♪」と。

古くからの東京人が一目置くのはこの種の人種ではない。

「うちの郷里から送られて来た『アケビ』なんですけどどうですか?」

↑これをヤられた場合、ひとたまりもない。

ちなみに昔、東北地方から超都心の小学校に引っ越して来た友達はいきなりクラスで英雄になった。

「ぼくは、○×県から引っ越して来た△□です。よんろしく」と方言丸出しで。

しかし、続く一言で彼は英雄となった。

「これが、みんなへのお土産です。『かぶと虫をバケツいっぱい』持って来ました。」

途端に狂喜したクラスの子供達。

以来、彼は「しばらくの間」、英雄となった。

その後は・・・同化してしまったが。(笑)